AD/HD?治療記

AD/HDの疑いがあり、神経科を受診中です。

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発達障害者は、なまじ普通に出来ることもあるが故に過分に期待され、
却って怠惰、反抗的であると誤解されやすく、非難の対象になりやすいそうです。
「あなたはこれは良くできるのになぜこれが出来ないの?」といった調子のセリフは、どの発達障害関連書籍にも登場します。
発達障害者はそういう性質の為に人より怒られることが多く、自意識が低くなりがちです。

また、全般的に発達障害者の情緒面の発達は、普通の人の2/3くらいだそうです。
今僕は24歳ですが、情緒的には16歳程度ということになるのでしょうか。まだ青年期始まったばかりという事ですね。


こういった理由により、発達障害者は人より長い幼児期、少年期に、
ネガティブな言葉をたらふく浴びて育つ事になるのです。
自己認識が低いことも、宜なるかなといった感じです。

しかし逆に、その人より長い幼児期、少年期を温かい言葉で満たしてあげられたら、
それは人格形成において素晴らしいことだと思うのです。

自身がそうでありながら、他人事のような言い方ですが、
今回思ったのはそれだけです。
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  1. 2010/09/22(水) 18:52:41|
  2. 知識・考察

どこからどこまで

今まで、自分は駄目な奴だと思っていたのだけれども、
原因が脳にあると言われて、安心した部分もあります。

勿論、かといってなんでもかんでもAD/HDのせいにはならないし、
それを言い訳にするつもりもないです。


でも、どこからどこまでが僕自身の力で、
どこからどこまでがAD/HDが原因なんでしょう。

優等生な答えを目指すなら、AD/HDもまた僕自身である、とかなるのでしょうか。

あるいは、思春期前に疾患が解ればそういう答えでも良かったかもしれないのですが。
今更そんな事言われても、素直に染み込んで来ません。
  1. 2010/09/08(水) 00:07:50|
  2. 知識・考察

自分説明書

1日からこちら、大人のAD/HDに関連する書籍を買い集め、片っ端から読み始めています。

思うことは、AD/HDの関連書籍って書店には想像以上に少なく、しかも大人のAD/HDに関するものとなると更に少ないということです。

昨日買ってきた本も、今日買ってきた本も、全部育児コーナーにあり、
家の近くにある中で一番大きな本屋の小さな小さな家庭医学コーナーにあったのは、発達障害の内、アスペルガーと自閉症に関連するものだけでした。

「発達障害」という言葉から世間の人たちが受けているイメージを如実に表していますね。



今でも自分がAD/HDかもしれないというショックは大きいのですが、対処法が分かっていればなんとかなると思えます。
こうしてAD/HDについて調べ、本を読む事は、まるで自分の取扱説明書を読むようです。

ちょっと前に「○型自分の説明書」という血液型のジョークブックが流行していましたが、あれがもっと詳しくなったらこんな気分なのですね。
  1. 2010/09/03(金) 20:51:56|
  2. 知識・考察

イデア脳を持つ彼ら

自分がそうかもしれないと言われてから、またそれを最初に他人に否定されてから、
うつ、統合失調症などをはじめとする心の病気とされるものに対する世間の人の認識というものに対して、いろいろ思うところがあるのです。


養老孟司氏の本に「唯脳論」という本があります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/唯脳論

この本の中で使われるこの言葉そのものの本来の意味は上記URLの通りです。

>すべての人工物の仕組みは脳の仕組みを投影したものである。人は己の意のままにならぬ自然から開放されるために人工物で世界を覆おうとする。そのようにしてできた世界が脳化社会である。その特徴は下記の通りである。

>・人工空間の成立
>・仮想空間の成立
>・自然の排除

こうした世界で生きるうちに多くの人たちにとって、脳というものは特別な臓器になってしまっている、と養老氏が書いていたような気がします。(もしかしたら僕がそう感じただけで、言いたい事は違っていたかもしれません。)

つまり、普通の人たちにとって脳、そして心というものは特別なモノであり、脳だけは全ての人たちが同じ脳を持ち、そして同じ心を持っていると考えている。

当然、心の病である彼らも、健康である私たちも同じ脳を持っている、と考えているのです。

そこで疑問が生まれます。私たちは同じ脳を持っているはずなのに、なぜ自分たちは心の病などに罹らず、彼らは罹るのか?

その答えが「単なる甘えである」という結論なのです。



未だに多くの人たちが心の病というものを認めない原因がそこにあるんじゃないだろうかと、なんとなく今日そんな事を思いました。
  1. 2010/09/01(水) 12:00:00|
  2. 知識・考察
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